ブログメニュー

カレンダー

<< September 2019 >>
SunMonTueWedThuFriSat
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     

最新記事

コメント

カテゴリー

記事一覧

検索

プロフィール

リンク

Feed

管理者ページ

古典と新刊

2019.06.05 Wednesday


最近オビの宣伝につられて一冊の本を買った。
あちらにいる鬼 。井上荒野

読んでいるうちに何処かで一度読んだような気がしてきた。

あちらにいる鬼の方は、オビにあるように、
作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、私は五歳だった。

とある通り作家の父親の、どちらかというと自堕落な生活と瀬戸内寂聴の出家前の話である。

読んでいるうちに何か何処かで読んだような気がしてきた。
そう太宰治の人間失格である。



途中で太宰治を引っ張り出してきて、人間失格を再度読み直してみた。

似ている。

しかし両方を読んでみて、視点の違いが男と女真逆である。

太宰治の方は男の視点で書かれており、井上の方は女の視点で書かれている。
井上の方は読んでいてどうもしっくりこない、男の描く女の視点、なんかちょっと違和感があった。

太宰治の人間失格は最初読んだときは何かしら嫌悪感すら覚えた。
今読み直してみると、嫌悪感よりも、何となく理解できる、という変な感情を抱いた。

成人、中年者の引きこもりが問題になっているが、

太宰の描く男のどうしようもない生活感みたいなものが理解できるのである。
歳のせいか。

井上荒野の方は太宰と比べると、比べることがナンセンスかも知れないが。
主人公の妻が次々愛人を作る夫に対してあれほど淡白に接することができるのだろうか、
何かその精神構造の底に流れる血液の温度が伝わってこないのである。

まあ書評家ではないから、自分の感じたことを書いているのだけれど。

ちょっと気持ちの悪い本だった。

コメント